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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)8665号 判決

原告 立花長喜

被告 梅野梅治郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

「被告は原告に対し金一五〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三一年二月二九日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求める。

第二原告の主張

一、被告は、昭和三一年一月三一日、訴外東洋重機株式会社の取締役社長名義で、訴外日索興業株式会社を受取人として、金額一五〇、〇〇〇円、満期昭和三一年二月二九日、支払地東京都千代田区、支払場所株式会社三井銀行丸の内支店、振出地東京都中央区との約束手形一通を作成し、これを右訴外会社に交付した。

二、日索興業株式会社は、右約束手形を裏書によつて原告に譲り渡した。その所持人となつた原告は、右満期に右支払場所で右約束手形を呈示してその支払を求めたが、これを拒絶された。

三、本件約束手形の振出人欄には、前記東洋重機株式会社の住所として、東京都中央区宝町三丁目一番地と記載されているが、右の場所では、被告が東洋重機株式会社の名義で個人として営業をしているだけであつて、右場所に本店を置く東洋重機株式会社という会社は法律上存在しないのであるから、被告は、不存在の株式会社の代表者名義で本件約束手形を振出したものとして、右手形金の支払について振出人と同一の義務を負うものといわねばならない。

四、かりに、前記宝町三丁目一番地に本店を置く東洋重機株式会社が存在するとしても、右本店の所在地において右会社の登記がされていないから、被告は、右約束手形振出の当時、右会社の存在を知らなかつた原告に対し、右東洋重機株式会社の存在を主張することができない。したがつて、被告は、原告に対し、本件約束手形の振出人としての責任を負わねばならない。

五、そこで、右約束手形の手形の所持人である原告は、被告に対し、本件約束手形金一五〇、〇〇〇円およびこれに対する満期の日である昭和三一年二月二九日から完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による法定利息の支払いを求めるため、本訴請求に及んだ。

第三被告の答弁

一、主文同旨の判決を求める。

二、原告主張の請求原因事実のうち、被告が、原告主張の日に、日索興業株式会社を受取人として、東洋重機株式会社取締役社長名義で原告主張の約束手形一通を作成し、右訴外会社に交付したことは認めるが、第二項の事実は知らない。東洋重機株式会社は、昭和二三年六月二八日、本店の所在地を東京都港区芝新橋二丁目一番地として設立された株式会社であるが、その後本店を同都中央区宝町三丁目一番地に移転し、本件約束手形が振出された当時、右株式会社は、本店移転の登記こそ完了していなかつたが、同所において業務を営んでいたものであり、被告はその代表取締役であつた。また、原告は本件約束手形の裏書譲渡を受ける際、東洋重機株式会社の本店の所在地が前記宝町一番地であることを知つていたのであるから、東洋重機株式会社の本店移転について原告が善意であつたとはいえない。

第四証拠

一、原告訴訟代理人は、甲第一、二号証の各一、二、第三号証を提出し、乙第一、四号証の成立を認め、同第二、三号証の成立は知らないと述べた。

二、被告訴訟代理人は、乙第一ないし第五号証を提出し、証人日原司および高橋正雄の各証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

被告が昭和三一年一月三一日東洋重機株式会社の取締役社長名義で原告主張の約束手形一通を作成し、受取人である日索興業株式会社に交付したことについては、当事者間に争いがない。

成立について争いのない甲第一号証の一によれば、本件約束手形の振出人欄には、東洋重機株式会社の住所として東京都中央区宝町三丁目一番地と記載されていることを認めることができ、右住所とは東洋重機株式会社の本店の所在地を指すものと解すべきであるが、右場所を本店とする東洋重機株式会社の存否について争いがあるので、まず、この点について判断する。

成立について争いのない甲第三号証、乙第一、四号証、証人高橋正雄の証言により真正に成立したものと認めることのできる乙第二号証、同証人および証人日原司の各証言を総合すれば、昭和二三年六月二八日、商号は東洋重機株式会社、本店の所在地は港区芝新橋二丁目同一番地、目的は土木建築の請負その他と定められた株式会社が成立し、その設立の登記がされたこと、右会社は昭和三〇年一〇月または一一月頃までは右芝新橋二丁目一番地に事務所を設け、営業上の活動を行なつていたが、その頃から営業上の活動を行なう唯一の場所を中央区宝町三丁目一番地に移転したことを認めることができ、右認定の諸事実からすれば、右東洋重機株式会社は右日時頃その本店を港区芝新橋二丁目一番地から中央区宝町三丁目一番地に移転したものと認めるのが相当であり、この認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、本件約束手形が振出された当時、東京都中央区宝町三丁目一番地に本店を置く東洋重機株式会社という会社は、その消滅に関する特別の事情がない限り、法律上存在したものというべきであるが、右特別の事情の存在についてはなんら主張立証がない。したがつて、本件約束手形が振出された当時右東洋重機株式会社が法律上存在しなかつたとの原告は採用することができない。

つぎに、原告の仮定的主張について考える。

商法第一二条は、登記すべき事項は、登記および公告の後でなければ、これをもつて善意の第三者に対抗することができないと規定し、同法第一八八条第三項は、同法第六六条を準用することにより、株式会社がその本店を移転したときは、旧所在地においては、二週間以内に移転の登記をし、新所在地においては、三週間以内に、設立の際登記すべき事項と同一の事項を登記すべき旨規定しているので、株式会社がその本店を移転したにもかかわらず、商法所定の登記をしないときは、当該株式会社はその存在を善意の第三者に対抗しえないかのごとく解されるが、登記制度の目的から考えて、この解釈は到底是認できるものではなく、このような場合に商法第一二条を適用するに当つては、同法にいわゆる「登記すべき事項」のうちには、本店移転の登記完了前に旧本店の所在地においてすでに登記されている事項を含まないものと解するのが相当である。したがつて、本店移転の登記および公告がされない場合でも、善意の第三者に対抗することができないものは、通常、新本店の所在地だけで、当該株式会社の存在は善意の第三者に対してもまた対抗しうるものというべきである。この見地に立てば、原告の右主張は、その事実の有無について判断するまでもなく、理由のないことが明らかである。

そして、乙第一、二号証および証人高橋正雄の証言によれば、本件約束手形が振出された当時、被告は東洋重機株式会社の代表取締役の地位にあつたことを認めることができる。

以上述べたところによれば、本件約束手形は被告が法律上存在する東洋重機株式会社の代表取締役の資格で振出したというべきであるから、これと相反する主張を前提とする原告の本訴請求は理由のないことが明らかである。よつて、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 桝田文郎)

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